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#339 2024/08/31土・09/01日

OP:ドゥーワップ・ハンヤ/ジミー入枝

第339回😎

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=ラジオのキセキ=

 1年5カ月ぶりに、TBSラジオ「土曜朝6時 木梨の会。」出演決定(8月3日出演)。
 放送時点では、とっくに終わってる日程ですが、収録は7月27-28日ということで…番組前半では「木梨の会。」きっかけのナンバー3曲から。

M1:サンシャイン・ラブ~差し替えザッキー~/木梨憲武

M2:もうすぐ秋ですネェ/レディオ954

M3:ワンモア・モア・ステップ/ジミー入枝 (ハモり&リード・ラララ:木梨憲武)

=君恋し=

M4:君恋し/フランク永井(1961年/第3回日本レコード大賞受賞)

M5:君恋し/二村定一(1929年/コチラがオリジナル)

M6:君恋し/石塚勇(ザ・キングトーンズ:第3代ベースマン/オクタビストによる低音の魅力)

M7:君恋し/ジミー入枝とザ・キングタウンズ

 2010年発表…今は入手困難となったALBUM「ドゥーワップde昭和歌謡」からのピックアップ。
 村上春樹さんの番組「村上RADIO」でもOA頂けた作品だゼ~~~

<DDD㊾>

M8:湯の町エレジー/近江敏郎

 1948(昭和23)年、近江敏郎の歌声で大ヒット。アタシ世代では、近江敏郎さんは、欽ちゃんの歌番組での審査委員長のイメージが強いですねェ。作詞:野村敏夫・作曲:古賀政男。
 野村敏夫は「ドリフのほんとにほんとにご苦労さん」の元歌「軍隊小唄(陸軍小唄)」=「ほんとにほんとにご苦労ね(唄:山中みゆき)」の作詞者でもあります(←勝手にドリフ繋がり)。

M9:旅の宿/吉田拓郎

 志村けんさんの飲み友達でもあった『吉田拓郎』。1972年の名曲。
 志村さんと拓郎さん。もっともっと共演してほしかったし、拓郎さん書下ろしの曲で志村さんにも歌ってほしかったなぁという思い。

#338 2024/08/24土・08/25日

OP:ドゥーワップ・ハンヤ/ジミー入枝

第338回😎

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=東京ブギウギ聴きくらべ=

M1:東京ブギウギ/笠置シヅ子

M2:東京ブギウギ/竹中直人

M3:東京ブギウギ/ユニコーン

M4:東京ブギウギ/ジミー入枝とザ・キングタウンズ

 2010年発表…今は入手困難となったALBUM「ドゥーワップde昭和歌謡」からのピックアップ。
 オリジナルは,1947(昭和22)年:笠置シヅ子。竹中直人によるテクノPOPアレンジや、ユニコーンによるカチカチ8ビートもあり~の、我々のDOO-WOPアレンジもどうぞ。

<DDD㊽>

M5:まつのき小唄/二宮ゆき子

 1964-65年、和田弘とマヒナスターズ・松尾和子「お座敷小唄」の大ヒットを受けて…その線を狙って実際に大ヒットしたのが「まつのき小唄」。二宮ゆき子の歌声は、1964年12月リリースで翌年にかけて150万枚の大ヒット(レコード会社公称)。

 作者不詳の伝承歌に、藤田まさと・夢虹二による詞。

M6:温泉小唄/二宮ゆき子

 「まつのき小唄」大ヒット翌年(1966年)に発表。温泉SONGだゼ~~~

M7:松の木小唄/三島敏夫

 二宮ゆき子に遅れること3カ月。1965年2月リリースでこちらも30万枚の大ヒット(レコード会社公称)。「アキラのズンドコ節」作詞者でもある、西沢爽による詞。

M8:海軍小唄/三島敏夫

 三島敏夫という人物。晩年のテレビ出演を見た記憶。ナツメロ番組だったかな。相当な大物感あって、まわりの出演歌手も一目も二目もおいてる感じだったんです。
 1926(大正15)年生まれ。海軍飛行予科練習生(予科練)出身で、水上特攻兵器「震洋」特別攻撃隊員に。出撃を前に終戦を迎える。復員後、明治大学で学び、その後、音楽芸能の世界へ。
 バッキー白片とアロハ・ハワイアンズを経て、和田弘とマヒナ・スターズ結成時のメンバーに。レコードジャケットで確認すると、1959年半ばまで参加してます。1959年12月発売:翌年大ヒットの「誰よりも君を愛す(with 松尾和子)」のジャケットにはいないンですね。さらに、マヒナは1959年大晦日の紅白に初出場。
 なので、タイミングの神様かな。おそらく、紅白の舞台、レコ大の舞台には立ってないのではと思われます。詳しい情報を知りたいですねェ。
 とはいえ、海軍予科練出身の三島敏夫が歌う「海軍小唄」は、ほかのどの歌手が歌うものよりも、当時を知り、多くを見送り、自身が生き残った立場としても貴重な作品・音源ですね。

#337 2024/08/17土・08/18日

OP:ドゥーワップ・ハンヤ/ジミー入枝

第337回😎

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<D・D・D㊼>

M1:新聞少年/山田太郎

 1965(昭40)年の大ヒット作。アタシも友達の代わりにってことで一週間だけ、新聞配達をしたことがありました。いや~、毎朝、緊張しまくりましたヨ~。

M2:月がとっても青いから/ジミー入枝とザ・キングタウンズ

 2010年発表…今は入手困難となったALBUM「ドゥーワップde昭和歌謡」からのピックアップ。
 オリジナルは,1955(昭和30)年:菅原都々子。
 アタシ達がDOO-WOPアレンジで歌うとこんな感じ。

M3:庶民のブルース/上岡龍太郎

 今年5月に81歳でお亡くなりになった上岡さん。
 アタシも影響を受けていました。
 1975(昭和50)年の作品。

M4:私って駄目な女ね/大形久仁子、和田弘とマヒナ・スターズ

 女性歌手をゲストに迎え,ヒット曲を量産したマヒナスターズが,1968(昭和43)年10月に組んだ相手が「大形久仁子」。後に「内田あかり」に改名してさらに活躍。1989年頃のドリフ大爆笑にもチョクチョク出演していました。作詞が上岡龍太郎さん。憧れの石原裕次郎さんの会社「石原音楽出版」の制作で張り切って作ったよう。

M5:あしたのジョー/尾藤イサオ

 上岡龍太郎さんの,それ以前の芸名が「横山パンチ」。人気漫才トリオ「漫画トリオ」時代の芸名です。トリオ解散後、母の旧姓:上岡に本名の龍太郎とを合わせて後の芸名にしたという話。
 漫画トリオは…ノック・フック・パンチの3人。
 ボクシングに登場する用語ですよね。
 …ってェことで、ドリフとはザ・ビートルズ日本公演でオープニングアクトを務めた同志:尾藤イサオの名曲でどうぞ。1970年。

M6:GET A JOB/The SILHOUETTES

 DOO-WOPから一曲。基本、ティーネイジャーのラヴソングであるDOO-WOPも、そのティーネイジャーが成長すれば大人になるわけで…大人になったら働かなくちゃいけないわけで…ってことでタイトルも「GET A JOB(仕事を探さんなら:かごっま弁風)」。1957年全米1位の大ヒット曲。奇をてらったベースマンのフレーズから入る手法は,後に,1960年頃に多くのナンバーで多用されました。

 アタシの師匠:ザ・キングトーンズもレパートリーなんですよね。
 ただ,恩師:内田正人は「JOB」をジョブと言わずにジャブと言う。
 …ってぇことで

 菊池桃子さんの、元・義理のお母様
 新聞少年:山田太郎さんのお父上の元・後妻さん
 明菜ちゃんの少女Aに対抗して熟女B

 たとりついたぜ!温泉お風呂ソング

M7:温泉芸者/五月みどり

#336 2024/08/10土・08/11日

OP:ドゥーワップ・ハンヤ/ジミー入枝

第336回😎

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Photo<D・D・D㊻>

 第326回(6月1日本放送)でOAした「三階節/日本ビクター軽音楽団」の編曲者が平茂夫(加トちゃんの伯父様)だったことを受けて。RN.たらさんが「ハナに恨みは/川田義雄」の曲中の一部が「三階節」だったことを知ることが出来ました!っ的メッセージ。

 ソレならば!と「ハナに恨みは/川田義雄」も紹介しよう!とお届けの第331回(7月6日本放送・7月7日再放送)…で、この曲も平茂夫編曲。

 本放送・再放送でリアクションがあったことの喜び。あきれたぼういず関連の書物『あきれたぼういず活動期』の著者:胡弓かなたさんからもⅩにリアクション頂けてました。貴重な資料として、ワタシも購入致しました。

 『あきれたぼういず活動期』オススメですよ~!

 …ってことで、あきれたぼういずでSTART

M1:商売往来(商賣往来)/あきれたぼういず

 1939(昭和14)年2月発表。

 第一期編成<川田義雄・坊屋三郎・芝利英・益田喜頓> 

Photo_5

 アタシは復刻盤のCDからのピックアップ。

 …とはいえ…アナログ時代の音源は、音量の大小の差が激しくて、現代のデジタルスタイルに取り込むと、最大音量の部分をピークにして、音量小の部分が聞き取りづらくなってしまうンですね。

 ソレをなるべく解消して、より聴きやすくお届けしたい思い。

 自分の録音ソフトでリ・マスタリング(音圧調整)

 写真下がCDから取り込んだ音源を、ただただピークに合わせて一杯一杯レベルを上げたモノ。

 写真上がソコからリマスタリングしたモノ。

 6分を超える音源でしたので、リマスタリング自体に数時間かかっちゃいました。

 山下達郎さんも往年の音源をラジオで紹介する時は、なさってるンです。

 どうしてもこだわりたい部分ですよね。

 なので…往年の作品がレコード会社から、リマスタリング盤としてリリースされたものは「買い」です。アタシ的豆知識。

 …で、今回は、「商売往来」曲中で多用された外国曲「南京豆売り」聴きくらべの回🥜🥜🥜

M2:南京豆売り/ザ・ピーナッツ

 原題「El manicero」
 英題「The Peanuts Vendor」
 …ってことで、ザ・ピーナッツ。1954年4月の作品。日本語詞:音羽たかし。演奏:東京キューバンボーイズ。

M3:キューバの豆売り/川畑文子

 日本ジャズソング界の草分け的存在。1933(昭和8)年の作品。日本語詞:森岩雄。演奏:コロムビア・ジャズ・バンド。

M4:南京豆売り/ディック・ミネ

 1935(昭和10)年。ディック・ミネ・エンド・ヒズ・セレナーダスの作品。ディック・ミネ本人による日本語詞。

M5:ピーナツベンダー/榎本健一

 アタシがこの曲のメロディとタイトルを知ることになったのは、小6の頃だったと思います。昭和の喜劇王:エノケンこと榎本健一の復刻LP「蘇るエノケン」にて。昭和40年代、エノケン晩年期、東芝からの作品。1936(昭和11)年、ポリドールから「エノケンの南京豆売り」として発表されてるモノも持ち合わせてますが、何せノイズがひどかったので、今回は、アタシのこの曲との出会いのコチラを紹介。演奏:東芝レコーディングオーケストラ。

M6:愉快なルンバ/杉井幸一

 インストもの(演奏モノ)から一曲。杉井幸一とキング・ノベルティ・オーケストラの演奏。1943(昭和18)年。

M7:南京豆売り/リチャード広川

 1935(昭和10)年。マイナーレーベルからの一作。演奏的にはアタシ的には好みの演奏でね(ナカザワ・エンド・ヒズ・オーケストラ=中沢寿士<なかざわ・ひさし>とそのオーケストラ)。中沢寿士は【渡辺弘とスターダスターズ】にも参加していたよう。ただ、加トちゃんがバンドボーイを務めていた頃には、他のプロジェクトに移っていたよう。

 何より、リチャード広川。歌詞中に「ぞえ」で結ぶ歌いっぷり。なんかニヤニヤしちゃいます。

M8:南京豆売り/田中福夫

 聴きくらべの結び。1935年(昭和10年)。こちらもマイナーレーベルからのピックアップ。演奏:フラップ・オーケストラ。リズムボイス:田中福夫の表記。歌詞は「まめ~~~」これだけ。

 このリズムボイスってぇのは…今でいうトコロの「スキャット」でさぁ~ね。

 …ってことで、ラストは加トちゃん。
 スキャットマン・ジョンの大ヒット曲「スキャットマン(Scatman ~Ski-Ba-Bop-Ba-Dop-Bop~)」のカバー。1995年12月。チャート誌62位のスマッシュヒット。

M9:加トちゃんのスキャットマン/加藤茶

#335 2024/08/03土・08/04日

OP:ドゥーワップ・ハンヤ/ジミー入枝

第335回😎

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収録日が7月3日。そう!FMさつませんだい、新たな船出からの初収録ってことになりまして…これからも丁寧な番組作りしますので、応援よろしくお願い致します。

<D・D・D㊺>

???今週もDDDか???

M1:少女A/中森明菜

明菜ちゃんかわいい💖1982年5月,シングル「スローモーション」でデビュー(チャート誌最高30位)。ソコから2か月後にリリースのセカンドシングル。チャート誌最高5位。TBS系「ザ・ベストテン」で最高3位の大ヒットを記録。次作「セカンド・ラブ」からは長きに渡って1位を連続で獲得していくことになるんですよね。

M2:もう逢えないかもしれない/菊池桃子

桃子ちゃんもかわいい💕1985年9月。6thシングル。チャート誌最高1位。

=期日前投票に行って参りました=

収録前日(7月2日)鹿児島県知事選挙&アタシが暮らすエリアの県議会議員補欠選挙の期日前投票に行って参りました。その流れから~の、更なる脱線。

M3:かならず選挙に行く/ANZEN漫才

日テレ系「世界の果てまでイッテQ」などでおなじみ『みやぞん』。コンビを組んでたンですよね(現在はコンビ解消)。ソレが【ANZEN漫才】。2017年のシングル。持ってるのよネ~~~。
…で…シングル4曲目がコチラ
 ↓↓

M4:銭湯でびゅ~/ANZEN漫才

 ⇈ 思いがけず…ココで、ここしばらくのDDDのテーマ「温泉・お風呂ソング」登場♨🛀

M5:渋谷で5時/鈴木雅之 with 菊池桃子

ココで桃子ちゃん回収しておきましょ。1993年,鈴木雅之さんALBUM「Perfume」収録。1994年には「違う、そうじゃない」とのダブルサイダー(両A面)SINGLEとしてリリース。チャート誌最高9位の大ヒット。名曲よね💕🎤🎤

M6:熟女B/五月みどり

明菜ちゃんの回収はコチラ。少女Aの翌年に五月みどりさんリリースでの熟女B(1983年5月)。なかにし礼:作詞。中村泰士:作曲。竜崎孝路:編曲。いや~作家陣も豪華。

…コレだけで終わっちゃうとドリフ感ほぼ無しなので
…AとかBとか登場したので今回のラストは
 ↓↓

M7:ドリフの英語塾/いかりや長介とザ・ドリフターズ

1976年3月。志村けんさん参加後の初SINGLE「ドリフのバイのバイのバイ」B面曲。よかったよかったドリフもお届け出来た。意外だったのはチャート誌最高90位のドリフ名義史上一番セールスが振るわなかったSINGLEなのよね。やはりメンバーチェンジだけでこんなにセールスが落ちるものか?勝手に考察。前作「チョットだけヨ全員集合/ドリフのビバノン音頭」から2年9カ月のインターバルがあったこと。そして、リリースから半年後には「加藤茶のはじめてのボクです/志村ケンの全員集合東村山音頭」がチャート誌最高8位のヒットを記録したことで、長期にかけてのセールスではなく、次作へのセールスに切り替えたのではないか。って感じです。あくまでもアタシの勝手な推測・考察です。ちなみに、このシングルは、森雪之丞氏のプロ作家としてのデビュー作。

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